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ここがあたしのツイッター

眩惑



あの日も

海が逆さまになって天に張り付いてしまった様な空だった





確かこの日だった 

彼女と出会ったのは













色素の薄く一本一本が透き通って見えるほどに細く繊細な髪の毛。日の光が当たれば透明にも見えるその髪は指を通せば瞬く間に溶けて無くなってしまうのではないかと思うが、もちろん触れることさえ叶わない。

すらりと真っ直ぐに伸びた手足はキメの細かい白い肌に覆われていて、それはまるで病室で真っ白なシーツをかけながら静かに窓を眺めているのが相応と言えるだろう。

華奢で細いその肩には制服のブレザーがやけに大きく感じるし、彼女がブレザーを着ているのではなく、ブレザーに着られている様にも見える。だがその不釣り合いさが僕に少しの親近感を覚えさせてくれる。



彼女はその容姿の端麗さから、ジワジワと学年の中で名が広まっているらしい


僕は数少ない友人たちから名前を聞くだけで、彼女が一体どんな人なのか分からなかったし、なにせ僕は他人に興味がなかった








あの時までは。



 





僕には読書という趣味があった

中学の頃までは義務付けられた週何度かの15分間、所謂"朝読書"としての範囲でなんとなく読んでいただけだった。

高校に入学してからというもの、地元から少し離れた所にあるこの学校では同じ中学からの進学者もいなかった。社交性の劣っている僕は"読書"を周りと自分とを隔てる"ツール"として使用するようになっていた。そしてそれと同時に本の持つ力に魅了されていった。




僕は月に数回、といっても2回、多くて3回校内の図書館を利用している。

科学や様々な研究の論文など、専門的な分野の本も希望すれば取り寄せてくれるし高校生でも読める書き方がされている本がほとんどだ。細胞についての研究に興味がある僕はよくその類の本を借りている。本来の論文は英文で書かれているものが主流だが、ここにあるものは全て既に日本人の手によって分かりやすく翻訳されているものだ。僕はいつも本を借りる際に、取り寄せる本を選んでくれている司書さんに心の内で感謝している。





本を返しに図書室を訪れた時

いつもと違う顔があった。

というのも、高校では図書室を利用する生徒は学年の中でもごく一部の人間だけなので、いつもいる生徒の顔はなんとなく覚えているし、そもそも彼女がいることによって図書室全体のバランスというか調和が乱れている気がした。だからこそ一瞬で普段との違いに気づくことができたのかもしれない。

  


少し遠くから様子を伺っていると、小さな身体で背伸びしながら少し高い所にある本に手を伸ばしていた。不安定な様子に見ていられなくなった僕は話したこともない彼女のもとへ行った。

彼女が手を掛けていた本を取って手渡した

「これでいいの?」

離れて見ていた時は随分高い所にあるように見えたが、実際は思っていたよりすぐに手に取ることができる高さにあった。

「ありがとう」

後ろ姿しか見えていなかった彼女がこちらを向いて小さく笑った。風が吹けばそれに乗って消えていきそうな、軽やかで柔らかい声だった。

頭の端で小さく畳み込まれた記憶がその一瞬で大きく鮮明に蘇った








僕は彼女が誰だか分かった













彼女だ



友人たちが話していた











「風美 夢」 は













彼女が取ろうとしてた本が置いてあったのは

ちょうど僕がいつも借りる科学や研究のスペースの上だった。僕は次に借りようと思っていた本を手に取り貸出表に記入をする。

題名を書き、学年、クラス、氏名、

そして今日の日付を

「あれ?今日、、って…」


「えー?忘れちゃったの?(笑)今日はー、2月29日だよーー 」


「ああ、そうか。」


「あ、ちなみに2013年ね(笑)」


「わかってるよ。」


記入を終えた僕は図書室を後にして

いつも放課後に読書をしている三階の渡り廊下に行こうと廊下を歩いていた。もちろん今時期は寒いけど目が冴えるから好きだった。


しばらくしないうちに

彼女が走りながら

「ねーーーーー!」と僕の方へ向かってきた


「なんだよ 」


「どこに行くの?」


「…読書をしに行こうと思って 」


「どこに?」


「…渡り廊下。」


「私、いいトコ知ってるんだよ」


「へ? いいよ別に、…行かなくて 」


「いいからーー、来て!」


彼女に半ば強引に手を引かれながらついて行った。というよりはついて行かされた、という方が正しい。

そういって連れて来られたのは

同じ三階の小さな踊り場のある屋上への入り口だった。高校生活は今年で3年目になるが、ここへ来たのはほぼ初めてと言ってもいいだろう。この学校は屋上へ行く文化がないし、そもそも閉鎖されていたので、ここに入り口があることだって、僕は知らなかった。

彼女が入り口の古びたドアノブに手を伸ばす

「え、いいの?」


「いいよ、特別にね」


「いやそういうことじゃなくて、」


「いいから、私達しか知らないんだから」


薄暗かった入り口に建てつけられた古ぼけた扉。そこから一気に入り込んで来た外の光に僕は情景反射で目を瞑った












































私は屋上で1人になるのが好きだった

ここが私の特等席だった

なにも考えずにただ空を眺めてボーっと過ごすのが好きだった

たまにギリギリの所に立って下の校庭で部活をしてる人たちを眺めるのも好きだった

けど1番はその反対側から見える景色




三階渡り廊下



いつも1人で本を読んでる彼はとても綺麗だった。

漆黒とも言える真っ直ぐで艶のある髪。この学校の特徴とも言える黒いブレザーは、彼が着ると独特なオーラを放ち別のものと思わせる。風が吹くたびに揺れる前髪。時折覗く目も、まるで女の子の様なまつ毛も。文を読み進める度、動く瞼と瞳にはいつも魅入ってしまう。段差に腰掛けながら少し折り曲げた足は窮屈そうに曲線美を放っている。極め付けに本を支える左手とページをめくる右手。指先、爪の先から手首まで。美しく繊細で脆そうで、きっと触れたら白い砂になって消えてしまうのだろう。

遠い所にいる彼にもっと近付きたいと、

知りたいと思った。



そうだ


私も本を借りて

あの渡り廊下に行ってみよう


すぐに行動に移した

早く彼と話したいと思った

待ちきれなかった










だけど案外すぐに近付いてしまった

 








私は小説が好きで時間ができれば目を通していた。図書室でどの本を借りるか物色していた時ちょうど好きな作家の新作が見つかった。けれど私の背丈では少し高過ぎる所にあった。なかなか取れずに奮闘していると

「これでいいの?」

頭の少し上から、取ろうとしていた本と一緒に声も降りてきた。優しい声だった

「ありがとう」と振り返り顔を見てみると、彼がいた。すごく驚いた。もしかしたらこの驚きが顔に出てしまっていたかもしれないが、即座に冷静を装って私は軽く微笑んだ。




彼が貸出表に記入していた



やっと知れた





素敵な名前













「蒼海 空」

















ボーっとしていたらさっきまでそこに居たはずの彼がいなくなっていた。私は図書室を飛び出して必死で探した。思っていたよりもすぐに彼を見つけることができた。

私は迷わず声をかけた。

今しかない。

連れて行こうと思った。私の特等席に。

彼の手を取った。触れた。だけど、想像とは違って、白い砂になって消えたりはしなかった。当たり前だけど、なぜか少しだけ安心した。































初めて見た屋上の景色は

僕が思っていたよりもずっと綺麗なものだった。

入り口の古ぼけた扉とは全く不相応な、床一面に貼られた白いタイル。まるでついさっき完成したかの様に、汚れひとつ無い綺麗な空間が広がっていた。学校指定のダサいスリッパで踏み入るのが億劫だったけど、少しずつ、一歩ずつ中へ進んで行った。

白いタイルは反射した真っ青な空を鮮明に映し出し、あたかも自分が海の中にいるかのようだった。きっと写真でもこの美しさを切り取ることはできないだろうと思った。

何より普段なら来ることのない場所へ立ち入ってしまったことへの背徳感と、彼女と僕しか知らない秘密を共有しているこの状況への高揚感から僕は自分でも驚くほどに心を躍らせていた。

こんなの何年ぶりだろう。


「ここ、いいでしょ。」


「ああ。こんなに綺麗なのにどうして皆んな知らないんだろうな、勿体無いよ。」


「ふふ、どうしてだろうね。

   あっこれオススメ。絶対面白いから読んで

   見てね。じゃあ私時間だから行くね!」


「え、もう?」


「あ、みんなには今日のこと秘密ね!」


返す言葉も見つからないまま彼女は屋上からいなくなってしまった。






「風のようだな 」 



ちょっとおかしくなって1人で笑ってしまった。




















僕は自分で借りた論文と彼女が貸してくれた小説を気分転換として交互に読んでいたために、読み終えるのに一週間かかってしまったんだ。





だから気付くのが遅くなってしまった。












またすぐに、

探さなくても会えると思っていた。














[2016年の2月29日にまたあの場所で会おうね〜                      夢 ]










彼女が貸してくれた小説のあとがきの後にある余白の1ページに書かれていた。


そんなの、もう卒業してるじゃないか。

まだ一度しか君と











でも僕はあの日から一度も彼女を忘れたことはなかった。彼女のおかげで小説を好きになった。あれから沢山の小説を読んだし、彼女に教えてあげたい本も沢山見つかった。

僕はこの日が来るのが待ち遠しかった。

















2016年









卒業して以来初めて高校を訪れた。


彼女に読んでほしい僕のお気に入りの小説を一冊持って。


僕は あの場所 へ向かった

昔と変わらない扉

ドアノブに手をかけて開けようとしても、開かない。決して壊れているわけではないようだ。何度試みても開く気配がないので、仕方なく職員室に向かう。



「なにい?君ここの卒業生ならわかるだろー

   うちは屋上開けてないでしょー。」

「壊れるも何も、開かなくて当然だよ」



おかしい


確かに僕と彼女2人だけの秘密だったから、開いていたことは知らなくて当たり前だけど





なんだか少し不思議に思って、

図書室にも行ってみた






もちろん三年も前の貸出表はあるはずもなく

結局何も得られなかった。

だけど、なんだか少し懐かしかった。








あの時 彼女の名前を教えてくれた友人たちに連絡してみた。

「えー、ごめん覚えてないなあ。」

「いたっけそんなやつ?」

「人違いなんじゃねえ?」







どうしてなんだろう





不思議な疑問を持ったまま

再び屋上への入り口に行ってみた









もう一度 彼女から借りた小説に書かれたメッセージを読み返す

2016年2月29日

確認してみても、僕のスマホの日付と一致しいている


今日  だ












































「2月29日…」

 




















そういえばこの日はうるう年と言われるものだ 








急に怖くなった頭の中が目まぐるしく動き回る気がした


手を震わせながらもスマホの中のカレンダーを遡って行く









2015年











2014年



















2013年


  







4月











3月






















2月








そこには

29の数字はなく

28の次には1が続いていた














僕と彼女が出会った


2013年2月29日は


一体なんだったのだろう


夢だったのか それとも僕たちだけがあの1日を生きていたのか







































そもそも彼女は















































急に屋上へ続く扉が大きく見えた




だけどさっきまでとは違う









開く気がした




恐る恐るドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す




























開いたのだ











 





僕は少しずつ扉を開いて

隙間から入り込んで来る光に目を細めた





そこには昔と変わらない

床一面に貼られた真っ白いタイル。

まるであの頃からずっと誰かが手入れをしていたかのように美しいままだった。



あの時の様に空が反射していた

まるで海の波の様だった





そういえば

あの時はなんとも思ってなかったけど

ここにはフェンスがないんだな










いつも彼女はここから何を見ていたんだろう








彼女のために持って来た小説を1枚のタイルの上に置いて、


僕は前に行ってギリギリの所から

あたりを見渡してみた






「今日は本当に綺麗な青空だな」

















「いや、今日"も"  か。」


































そこに 

その先に

目の前に





彼女がいる気がした








僕は彼女に会いたかった

もう一度会いたいと思った






会えると思った。














気付いた時には

足を一歩踏み出していた




















天を泳いでいる



さっきまで逆さに見えていた海も




今では僕の足元に広がっている








とても美しかった
















僕は眩しくて目を閉じた














風が心地よかった








































僕はこのあと












































"夢" を見たんだ。





































































私はずっと



















ここから

























"空" を見るのが好きだった。


































































「えーじゃあこの碧海 空ってやつがもしかして僕ってことですか?」


「ふふ、そうかもしれないわね。」


「なんかすごい美化されてる気がするんですけど(笑) 」


「でも周りから見た貴方はこんな風に見えているかもしれないじゃない?」


「てことは司書さんに僕はこんな風に見えて るんですか?」


「どうかしらね、それは秘密よ 」


「でもこの 夢 って子、会ったことないはずなんだけど、なんだか赤の他人に思えないような気がして…」


「そう。きっと知らないうちに何処かで出逢っていたのかもしれないわね」


「あの、続き、あるなら、もし完成したら、また読ませて下さいね。

僕いつでもまた来ますよ。」




「… ええ。そうね。」