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ここがあたしのツイッター

読まなくていいよ



  読まなくていいよって言われると
  読みたくなる?



毎日のようにカメラを向けて
全てが新しくて新鮮だった


飲み物が買えること、お弁当が無ければ買えること、玄関まで続く長蛇の列に並ぶことも、外でお昼が食べられること、冬にひざ掛けが使えること、お菓子を持参できること  etc.


今では使わなくなってしまった
カメラアプリも


学校終わりにコンビニに行けば食べたいものが買えること、新作が出たその日にスターバックスに寄れること、朝や帰りに音楽を聞いて登下校できること、水泳の後に必死で鏡と向き合って色を乗せること、ロッカーに裾上げしていないスカートを忍ばせていること


生活になれて
カメラを向けることのなくなった日々



ゴールが近付けば
今更になって生活をデータに収めて
何の為かも分からない


美化したかったのか
写ったものが美しかったのか


以前に比べて快適になったぶんモノに頼る毎日、目や記憶に焼き付けておくことが少なくなったね、
だって液晶を開けばいつでもカメラロールのタンスからポンポン思い出が出てくるもんね

その媒体が無くなった時
一緒に無くなる思い出はどれ位あるだろうね
忘れても人生に影響は無いからって忘れていくのかな
それも自分の意思とは裏腹に脳が選別していくのかな便利だね













適性










神経質傾向
くよくよしやすい傾向がみられます。過ぎ去ったことは忘れ、余計なことに神経を使わぬように。



回帰性
気分の変わりやすさ



別に自分から神経を使ってるわけじゃないのになあ






美術部のある方の文集が
すごく綺麗で良いなあと思いました
素敵でした

以前絵画を学んでいた人間として
無関係には思えないというかどこかで結び付けてしまいがちですが、もし今も絵を描いている日々だったらどんなものを描けるようになっていたか、何を描けなくなっていたか

昔に比べて頭の中にある物体や色彩や想像を、手や指先を介してそのまま表すことがどんどんヘタになっているのが分かって
これからの生活でそれが大切になっていくのに、という焦りがありますが
自分の中で試行錯誤をして見つけていきたいと思います


















例えれば下の上ぐらいでしょうか
2.5軍ぐらいかな


困難の無い

無難

そんな高校生活だったかな








17歳で迎えた卒業式


18歳になって
思ってもみなかった人たちから
たくさんの人たちから
あわよくばと期待していた人たちから
お祝いしてもらえてすごく嬉しかったです



なんだか波乱万丈な1年になりそうな気がしています今から
それでも3回りぐらい成長できるなら立ち向かう
できるように立ち向かう















どうして
福生高校の屋上は
閉鎖されていると思いますか?





もし立入れるならどうなっていたと思いますか?




































何が見えたと思いますか?